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〜昭和20年代〜船橋の復興

● 船橋市の復興〜


昭和20年(1945)8月15日に、日本は終戦を迎えました。

船橋は戦災の被害こそ少なかったのですが、幾多の苦しみを

味わった人々は、再建に向けて立ち上がったのです。


同年に習志野原に入植した人たちが開拓を開始して、苦難の

末に農地を作り上げ、やがて畑作や酪農を行うようになります。

農村地域では稲作・畑作で食糧増産にも励んでいました。


漁村では東京湾で漁労や海苔養殖に励み、当時としてはまだ

恵まれていた地域ともいえます。こうした状況下で、食糧不足

の東京方面から多くの人たちが食料を求めて訪れて、船橋駅

の周辺には闇市ができて大変にぎわっていました。

 

● 船橋市の開発〜


船橋市では昭和21年、市立図書館をいち早く開設し、25年に

は教育委員会を発足させます。また昭和26年には農業委員会

発足、同28年に二宮町、翌29年に豊富村を合併するなど地方

自治の確立に向けて歩み始めました。


埋立地での天然ガスの発掘成功は、有名な船橋ヘルスセンター

の開場のきっかけともなりました。


また、財源確保のため昭和25年には第一回船橋競馬・第一回

船橋オートレースを開催して、多くの観客を集めました。


新京成電鉄沿線には、日本住宅公団による中層住宅の建設が

進み、前原団地・高根台団地・習志野台団地を建設して、同時

に周辺の宅地造成が、民間によって活発となります。


船橋市の市街地は、昔からの宿場町・物資の集散地として人々

の集まる町でした。戦後の闇市、船橋ヘルスセンター、競馬場な

どとともに映画館や劇場、飲食街なども作られて、活気のある町

として成長していき、船橋市の年間人口増加は昭和35年には

4665人でしたが、昭和36年には1万1675人、昭和37年に

2万163人と加速度的に急増します。


また、船橋市は戦災にあわなかったため、古い町並みが各所に

残り、車の入りにくい狭い道沿いに飲食店や住宅が軒を連ねて

いるため、再開発を困難にしていますが、少しずつ事業は進んで

いるようです。


昭和20代後半から30年代は、こうした事業の基となった時期で

あったのです。

 


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