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〜昭和10年代〜船橋の誕生

● 船橋市の誕生〜


大正14年(1925)時点において、人口約2万人であった船橋町

を中心として、「船橋町・八栄村・葛飾町・塚田村・法典村」の2つ

の町と、3つの村が合併しました。 ・・・そして昭和12年4月1日、

人口4万3000人の船橋市が誕生したのです。


この市城の拡大に併せるように、交通機関も京成電気軌道による

花輪駅が昭和2年に新設します。


まず総武鉄道会社による「船橋−海神」間の営業と、ガソリンカー

の導入、総武線の「船橋−市川」間と、「船橋−千葉」間の電化と、

省線電車の運転開始による高速化や、運転法数の増加などが実

現しました。


また「東京−千葉」間の国道舗装の完了によって、増加の傾向に

あった自動車の輸送にも対応できるようになり、海上輸送の貨物

の運搬とともに、交通の重要性は一段と増すことにもなりました。

 

● 昭和初期の船橋市〜


昭和初期の船橋市も、農水産物などの消費物資の供給地である

ことに変わりはありませんでしたが、その一方で少しずつ企業の

船橋進出も見られるようになっていきます。


たとえば昭和10年の昭和製粉による大規模工場の進出は、船橋

市内の地元産業界にとても刺激と啓発を与ることになりました。


昭和12年に勃発した日中戦争以降は、軍需機器関連工場として

鴨川ニッケル工場をはじめ、航空機部品製造の日本建鉄なども船

橋に進出し、市制施行時の昭和12年には、18ほどあった市内の

工場数が、3年後には44にも増えて、約2・4倍に急増しています。


こうした変化を受けて、新生になった船橋市において、交通の発達

により、近隣の地域や東京の膨張にともなう人口の流入が増加して、

商業戸数の増加傾向がきっかけとなり、「千葉−東京」間の中心的

な地方都市として、発展が進んでいくことになったのです。

 


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